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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>天竺☆数え唄</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/" /><modified>2009-01-06T16:36:11+09:00</modified><tagline>〜数にまつわる天竺夜話〜</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>９つの情趣（ナヴァ・ラサ）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=949565" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=949565</id><issued>2008-08-25T01:01:51+09:00</issued><modified>2008-08-24T16:04:51Z</modified><created>2008-08-24T16:01:51Z</created><summary>・シュリンガーラ（恋愛）
・ヴィーラ（勇猛）
・ビーバツァ（嫌悪）
・ラウドラ（怒り）
・ハースヤ（笑い）
・バヤーナカ（恐れ）
・カルナ（悲しみ）
・アドゥブタ（驚き）
・シャーンタ（寂静）

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・ヴィーラ（勇猛）<br />
・ビーバツァ（嫌悪）<br />
・ラウドラ（怒り）<br />
・ハースヤ（笑い）<br />
・バヤーナカ（恐れ）<br />
・カルナ（悲しみ）<br />
・アドゥブタ（驚き）<br />
・シャーンタ（寂静）<br />
<br />
｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,<br />
<br />
まず、上記の９つを眺めてみると、<br />
私たちが普段感じる様々な感情であることがわかります。<br />
<br />
ですが、これらを９つの「ラサ」といった時には、<br />
単純な「感情」とは別のことなのではないだろうか？<br />
といった疑問が起こりました。<br />
<br />
そこで、「ラサ」を辞書で調べてみたところ、<br />
たくさんの意味が見つかりました。<br />
<br />
果汁とか、何かの最上の部分、精髄、エッセンスなど、<br />
あるものの最も純粋で成分が凝縮されたもの、というイメージです。<br />
<br />
また、「味」という意味もあり、<br />
その場合は食べ物の６種の味があげられます。<br />
（これについてはまた別トピで）<br />
<br />
以上のような「ラサ」のイメージから考えると、<br />
「ナヴァ・ラサ」という場合には、「感情」のうちでも、<br />
もっと純粋な凝縮された特別な感情のことを指しているような気がしたのです。<br />
<br />
ところで、「感情」を表す単語は、<br />
「ラサ」とは別に９つ（時に８つ）の「スターイバーヴァ」というものがあります。<br />
これは「基本感情」といわれています。<br />
<br />
・ラティ：愛の悦び<br />
・ハーサ：笑い、陽気さ<br />
・ショーカ：憂い<br />
・クローダ：怒り<br />
・ウトゥサーハ：力強さ<br />
・バヤ：不安<br />
・ジュグプサー：嫌悪<br />
・ヴィスマヤ：驚き<br />
・（シャマ）：落ち着き<br />
<br />
順序は違いますが、冒頭のナヴァ・ラサとの対応がよくわかります。<br />
（順序は『モニエル梵英辞典』の記述順に従っています）<br />
<br />
ちなみに、スターイ（スターイン）は、「永続的な絶え間なく続く」という意味で、<br />
そうした心の状態をスターイバーヴァといいます。<br />
バーヴァは動詞語根ブー（なる、存在する）からの派生語なので<br />
これは管理人の解釈ですが、常に心の中に存在する状態→日常的な感情<br />
となったのではないでしょうか。<br />
<br />
スターイバーヴァの８つの感情は特に意識することもなく<br />
心の中に勝手に生まれては入れ替わっていきます。<br />
突然怒りを感じたり、一目で恋に落ちたり、いきなりおかしくて笑ったり<br />
という経験は、誰にでもあることでしょう。<br />
<br />
それに対して、「ラサ」はもっと増幅され、凝縮され、洗練された<br />
感情の精髄なのではないかと考えました。<br />
<br />
初めの方で、「ラサ」には食べ物の味という意味もあると書きましたが<br />
その場合、ラサは舌という知覚器官で味わう、いわば味覚の対象です。<br />
それに対して、感情のラサは、マナス（意識、またはマインド）が<br />
感じて楽しむ対象としての「味」なのではないでしょうか。<br />
<br />
「ナヴァラサ」は、インドにおいて舞踊、演劇、文学、音楽、美術、詩など<br />
芸術作品には欠かせない感情表現とされています。<br />
<br />
私たちは、映画や演劇を鑑賞する時<br />
「コメディー」「恋愛」「悲劇」「アクション」「ホラー」などにジャンル分けして、<br />
それらの中に表されている様々な感情を楽しみます。<br />
<br />
このように芸術の中で、感情は作られ、<br />
より純粋な形で表現され、それを「心」が「味わ」います。<br />
ゆえに、日常的感情のスターイバーヴァとは区別されて<br />
「ラサ」といわれるのだという結論となりました。<br />
]]></content></entry><entry><title>５つの行為（行動）器官</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=941969" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=941969</id><issued>2008-08-16T02:00:46+09:00</issued><modified>2008-08-15T17:00:46Z</modified><created>2008-08-15T17:00:46Z</created><summary>・言葉（ヴァーチュ）：発声するための声帯や舌
・手（パーニ）
・足（パーダ）
・肛門（パーユ）
・生殖器（ウパスタ）

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これら５つは、行為または行動のための器官で
「パンチャカルメーンドリ...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>５）　パンチャ　panca</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[・言葉（ヴァーチュ）：発声するための声帯や舌<br />
・手（パーニ）<br />
・足（パーダ）<br />
・肛門（パーユ）<br />
・生殖器（ウパスタ）<br />
<br />
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<br />
これら５つは、行為または行動のための器官で<br />
「パンチャカルメーンドリヤ」といいます。<br />
パンチャは５、カルマ＋インドリヤ→カルメーンドリヤ<br />
サンディ（連声）のルールに従って音が変わっています。<br />
<br />
カルマは、カルマンの複合語における形です。<br />
<br />
「カルマ」は「業」と訳されるのでご存知の方も多いでしょう。<br />
その場合も善悪に関わらず、人が行う何らかの「行為」のことですが、<br />
ここでのカルマ・インドリヤというのは、<br />
「行動するゆえに行動器官（行為器官）」といわれます。<br />
<br />
だいたいどんな行動をするのか想像できると思いますが、<br />
それぞれの機能を簡単に説明すると…<br />
<br />
・声帯や舌（ヴァーク）によって発声し言葉を話すことができます。<br />
・手（パーニ）は物を把握することで仕事など、さまざまな活動をします。<br />
・足（パーダ）によって歩いて移動することができます。<br />
・肛門（パーユ）は、食べられた食物から生じた汚物を排泄します。<br />
・生殖器（ウパスタ）は歓喜と子孫の誕生をもたらします。<br />
　（訳本によっては「子孫の誕生に関する歓び」と解釈しているものもあります）<br />
<br />
そして、前述の感覚器官と同様に、それぞれに支配神が定められています。<br />
<br />
・発声器官　→　アグニ（火神）<br />
・手　→　インドラ（天界の王：掴んで離す力を持つ）<br />
・足　→　ヴィシュヌ（維持神：自らが望むところに速やかに移動できる）<br />
・排泄器官　→　ミトラ（天地の守護者）<br />
・生殖器官　→　ブラジャーパティー（創造神）<br />
<br />
ちなみに、梵英辞典で「ミトラ」の項目には<br />
アーディテイヤ神群の神の名で、通常ヴァルナと共に祈願が捧げられる<br />
と、書かれています。<br />
<br />
食物を味わう舌の支配神がヴァルナであるのに対し、<br />
食物の成れの果てを排泄する肛門の支配神がミトラであるということは<br />
興味深いと思いました。<br />
<br />
サーンキャ哲学の２５の原理においては、<br />
この５つの行動器官は、前述の５つの感覚器官と共に、<br />
「アハンカーラ」（自我意識、エゴ）から生じるといわれています。]]></content></entry><entry><title>５つの感覚器官</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=876092" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=876092</id><issued>2008-06-04T01:33:10+09:00</issued><modified>2008-06-03T16:33:10Z</modified><created>2008-06-03T16:33:10Z</created><summary>・眼（チャクシュ）
・耳（シュロートラ）
・鼻（グラーナ）
・舌（ジフヴァ）
・皮膚（トゥヴァチュ）

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５つの感覚器官のことをサンスクリット語で
「パンチャジュニャーナインドリヤ」または、...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>５）　パンチャ　panca</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[・眼（チャクシュ）<br />
・耳（シュロートラ）<br />
・鼻（グラーナ）<br />
・舌（ジフヴァ）<br />
・皮膚（トゥヴァチュ）<br />
<br />
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<br />
５つの感覚器官のことをサンスクリット語で<br />
「パンチャジュニャーナインドリヤ」または、<br />
「パンチャブッディーンドリヤ」といいます。<br />
パンチャは５、ジュニャーナは知識、ブッディは知性、インドリヤは器官です。<br />
インドリヤは「根（こん）」とも訳されます。<br />
<br />
外界の知識（情報）を取り入れる器官で、<br />
私たちはこれらを通して感覚の対象を認識し、理解します。<br />
<br />
ウパニシャッドでは、人間を５頭立ての馬車に例え、<br />
これら感官が「５頭の馬」に例えられます。<br />
<br />
馬は普通野放しにしていれば、勝手気ままにあちこちをうろつきます。<br />
あちらから人参の匂いがすれば、ふらふらと匂いに誘われますし<br />
気になる雌馬が近づいてくれば、すりすりと寄っていくかもしれません。<br />
<br />
同様に、私たちの感官も本能のままに放って置くと<br />
それぞれが勝手に感覚の対象に吸い寄せられていくでしょう。<br />
<br />
眼は面白そうに見えるものに、耳は聞こえてくる音の方に、<br />
鼻は芳しい香りのするほうに、舌はおいしいものを味わうことに<br />
皮膚は接触して気持ちがいいものに。<br />
<br />
しかし、そのように勝手気ままに振舞われると<br />
自分自身の本体である馬車はバラバラに崩壊してしまうでしょう。<br />
<br />
だから、これらの感官をコントロールする必要が出てきます。<br />
<br />
感官を制御し、５頭が揃って正しい道（感官の対象が道に例えられます）を進めば、<br />
その馬車に乗っている乗客（アートマン、真実の自己）は<br />
快適に旅をし、目的地（解脱）に達する、とウパニシャッドでは説かれています。<br />
<br />
感覚器官の対象に執着すると欲望が増大します。<br />
そのような感覚器官の対象に対する執着を手放すことで、<br />
欲望を滅することができるとされています。<br />
<br />
これら感覚器官を通して入ってくる外部の情報に振り回されないように<br />
しっかりと自己をコントロールすべきであるとの戒めではないでしょうか。<br />
<br />
いうまでもありませんが各器官の役割とその対象は次の通りです。<br />
<br />
・眼（チャクシュ）−　視覚　−　色／形（ルーパ）<br />
・耳（シュロートラ）−　聴覚　−　音声（シャブダ）<br />
・鼻（グラーナ）−　嗅覚　−　香（ガンダ）<br />
・舌（ジフヴァ）−　味覚　−　味（ラサ）<br />
・皮膚（トゥヴァチュ）−　触覚　−　感触（スパルシャ）<br />
<br />
また、各器官を支配する神々も定められています。<br />
<br />
・眼（チャクシュ）→　物を見るのに光が必要→　太陽神（スーリヤ）<br />
・耳（シュロートラ）→　音を聞くのに空気の動きが必要→　風の神（ヴァーユ）<br />
　　　〃　→　３次元的空間において音が聞こえる→　方位神（ディグデーヴァター）<br />
・鼻（グラーナ）→　臭いで危険を察知する　→　神々の医師（アシュヴィニ双神）<br />
・舌（ジフヴァ）→　味を感じるには水分が必要　→　水の神（ヴァルナ）<br />
・皮膚（トゥヴァチュ）→　風が起こると皮膚が感知する　→　風の神（ヴァーユ）<br />
<br />
後日、５つの行為器官について書くつもりですが、<br />
今回の５つの感覚器官と５つの行為器官を合わせて、１０の外官と呼ばれます。<br />
これらは常に外側に向かって働きかけられており、常に「現在」において機能します。<br />
（過去の匂いを今鼻で感じる、とか明日食べるご馳走を今舌で味わう、<br />
なんてありえませんよね）<br />
]]></content></entry><entry><title>３種の苦しみ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=866831" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=866831</id><issued>2008-06-01T01:12:17+09:00</issued><modified>2008-05-31T16:12:17Z</modified><created>2008-05-31T16:12:17Z</created><summary>・天から与えられる苦しみ（アーディダイヴィカ）
・他の生き物から与えられる苦しみ（アーディボウティカ）
・自分の中にある苦しみ（アーディヤートミカ）
　−身体的な苦しみ−
　−心的な苦しみ−

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...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>３）　トゥリ（トリ）　tri</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[・天から与えられる苦しみ（アーディダイヴィカ）<br />
・他の生き物から与えられる苦しみ（アーディボウティカ）<br />
・自分の中にある苦しみ（アーディヤートミカ）<br />
　−身体的な苦しみ−<br />
　−心的な苦しみ−<br />
<br />
｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,｡･:*:･ﾟ☆｡･:*:･ﾟ★,<br />
<br />
仏教では、人の苦しみを四苦八苦として８つの苦しみと<br />
それらを取り除くための方法としての八正道が説かれていますが、<br />
ヴェーダの流れを汲むサーンキャ哲学では、<br />
取り除かれるべき人間の苦しみを上記のような３種類に分類しています。<br />
これをサンスクリット語では「ドゥッカトラヤ」といいます。<br />
<br />
まず、１番目のアーディダイヴィカは天あるいは神からもたらされる苦しみです。<br />
日本語でも「天災」という言葉がありますが、<br />
もしかするとこれはアディダイヴィカの漢訳語なのかもしれません。<br />
（語源をきちんと調べていないので推測に過ぎません）<br />
<br />
サーンキャカーリカーのガウダパーダ注釈によれば、<br />
それらは猛暑・極寒・嵐・豪雨・雷などの自然現象です。<br />
他にも、地震・台風・竜巻・旱魃・洪水などが思いつきます。<br />
<br />
次のアーディボウティカは、自分以外の他者からもたらされる苦しみです。<br />
これは人間だけでなく他の生き物すべても含まれます。<br />
地上の生き物を、その発生の形で分類すると<br />
大きく分けて４種であると説かれています。<br />
その４種とは、胎生・卵生・湿生・芽生です。<br />
文字を見ればだいたい想像はつくと思いますが、<br />
これらについては別の機会に「４｣のカテゴリーでお知らせしたいと思います。<br />
<br />
これら４種の自分以外の生き物から与えられる苦しみをアーディボウティカといいます。<br />
他人、獣、鹿、鳥、蛇、ぶよ、蚊、虱、昆虫、ワニ、鮫などの動く生き物だけでなく、<br />
樹木、石などの動かないものも含みます。<br />
（これらの例は、前述の注釈書中のものです）<br />
<br />
日本語にも「人災」という言葉がありますが、<br />
辞書によると、これは人間が原因の災害に限られています。<br />
ですが、インドでは人間に限らずすべての他者によるものが<br />
アーディボウティカに分類されます。<br />
<br />
最後のアーディヤートミカは、自分の内側にある苦しみのことです。<br />
これはさらに２つに分けられます。<br />
<br />
１つは身体的な病気や怪我による苦しみです。<br />
高熱や赤痢、その他ヴァータ・ピッタ・カパの乱れにより生じる病を指します。<br />
（原典が古典なので、アーユルヴェーダに基づく解釈がされています）<br />
<br />
もう１つの心的な苦しみは、愛する者との別れや<br />
嫌いな人とつきあわなければならないことだと注釈書には解説されています。<br />
これは、まさに四苦八苦のうちの「愛別離苦」と「怨憎会苦」にあたりますね。<br />
<br />
私たちは絶えずこれらの苦しみによって悩まされていますが、<br />
それはすべて私たちが無知だからだといわれています。<br />
無知のことをサンスクリット語で「アヴィドヤー」といいます。<br />
<br />
知識によって無知を滅し、苦を取り除き、<br />
最終的には解脱することが、ヴェーダに基づくインド哲学に共通する目的です。<br />
<br />
ちなみに、シヴァ神が手に持っている三叉戟（トリシューラ）は<br />
この３種の苦しみを象徴しているもので、<br />
シヴァはこの武器で人をつついて苦しみを与えているのだということです。<br />
<br />
<img src="images/shiva1.jpg" width="294" height="386" alt="シヴァ神" class="pict" />]]></content></entry><entry><title>物質を構成する三要素</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=865727" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=865727</id><issued>2008-05-31T01:59:42+09:00</issued><modified>2008-05-30T16:59:42Z</modified><created>2008-05-30T16:59:42Z</created><summary>・サットヴァ（純質）
・ラジャス（激質）
・タマス（暗質、闇質）

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これら三要素はサンスクリット語で「トリグナ」といいます。
「三徳」と訳している文献もあります。
物質はこれら３つの要素か...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>３）　トゥリ（トリ）　tri</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[・サットヴァ（純質）<br />
・ラジャス（激質）<br />
・タマス（暗質、闇質）<br />
<br />
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<br />
これら三要素はサンスクリット語で「トリグナ」といいます。<br />
「三徳」と訳している文献もあります。<br />
物質はこれら３つの要素から構成されており<br />
３種の配分によってそれぞれの性質が決まるとされています。<br />
<br />
サーンキャ学派では、宇宙の根本原理を「見てるだけ」の精神原理「プルシャ」と<br />
そこから物質世界が開展していくところの根本原質「プラクリティ」を立てています。<br />
そして、プラクリティには上記のトリグナが、<br />
互いに均衡がとれてバランスしている状態で存在しています。<br />
<br />
ところが、何かのきっかけでこのバランスが崩れた時に<br />
プラクリティからブッディ（又はマハット）が、そこからアハンカーラ（自我）が、<br />
さらに11の器官と５つの微細な要素（タンマートラ）と<br />
5つの粗大な要素（マハーブータ）が次々に開展していき、<br />
この物質世界が顕現することになります。<br />
（このへんの詳しい説明は別のトピックに譲ることにします）<br />
<br />
『サーンキャカーリカー』の第12偈では次のように言われています。<br />
<br />
「3種の構成(グナ)要素は、快・不快・消沈が本質であり、<br />
照明・活動・抑止の能力があり、<br />
互いに抑圧し、依存し、生み出し、相伴い、作用し合うものである。」<br />
<br />
そして、ガウダパーダは次のように注釈しています。<br />
（ちょっと長いです）<br />
<br />
３種のグナは、快を本質とするもの、不快を本質とするもの、消沈を本質とするもので、<br />
それぞれ純質(サットヴァ)・激質(ラジャス)・闇質(タマス)という意味である。<br />
<br />
つまり、快の性質を持つものがサットヴァであり、快とは楽しみのことで、<br />
本質的に楽しみを持っているということである。<br />
<br />
不快の性質をもつものがラジャスであり、不快は苦しみ、<br />
消沈の性質を持つものがタマスで、消沈とは迷いである。<br />
<br />
また、照明・活動・抑止の能力がありとは、<br />
サットヴァは照らし輝くことができるということである。<br />
ラジャスは活動できる、タマスは抑止できる、停止する能力があるということである。<br />
このように、これらのグナは照らし、行為し、停止する。<br />
<br />
そして、互いに抑圧し、依存し、生み出し、相伴い、存在し合うこれらのグナは、<br />
互いに抑圧し合い、互いに依存し合い、互いに生み出し合い、互いに相伴い、<br />
互いに存在しあうものであると述べられている。<br />
<br />
互いに抑圧し合うとは、互いが互いを押さえつけるという意味で、<br />
快や不快などの特徴を明らかにして現れる。<br />
<br />
サットヴァが優勢であるとき、ラジャスとタマスを抑えて自身の性質である快と<br />
照明を本質とするものとして、そこに在る。<br />
ラジャスが優勢なとき、サットヴァとタマスを抑えて、<br />
不快と活動を本質とするものとして在る。<br />
タマスが優勢なとき、サットヴァとラジャスを抑えて、<br />
消沈と停止を本質とするものとして在る、<br />
ということである。<br />
<br />
次に、互いに依存するとは、３つのグナは二原子結合のようであると例える。<br />
互いに生み出し合うものとは、粘土の塊が壺を生み出すみたいなもの、<br />
互いに相伴うとは、男女が互いに交わるのと同様に、グナも交わるということである。<br />
<br />
このようにも言われている。<br />
「ラジャスの連れ合いはサットヴァで、サットヴァの連れ合いはラジャス。<br />
サットヴァとラジャス両方の連れ合いはタマスと言われている。」<br />
（デーヴィーヴァーガヴァタ　3-8）<br />
<br />
互いに連れ合っているという意味である。<br />
<br />
互いに作用しあい、互いに存在する。<br />
「グナはグナの中に存在する」（バガヴァットギーター　3-28）<br />
という言葉からもわかる。<br />
<br />
（例えば、王の後宮において）心が優しく美しい女はすべての幸せの元であるが、<br />
他の側室たちにとっては、まさに苦しみの元である。情熱溢れる男たちにとっては、<br />
彼女はまさに迷妄を生み出す。<br />
このようにサットヴァは、ラジャスとタマスの作用の原因である。<br />
<br />
同様に、常に臣民を護り悪人を取り締まることに勤勉に従事する王は、<br />
善人たちにとって安心をもたらし、悪人たちには苦しみと迷いをもたらす。<br />
この例のようにラジャスは、サットヴァとタマスの作用を生み出す。<br />
<br />
同様に、タマスは自己の本質、つまり覆い包むという本質によって、<br />
サットヴァとラジャスの作用を生み出す。<br />
<br />
ちょうど、雲々が空を覆って人々に楽を生じさせ、<br />
雨を降らせて農民たちが勤勉に農作業に従事することを生じさせ、<br />
別れた恋人たちに迷いを生じさせる。<br />
<br />
このように、グナは相互に作用する。<br />
<br />
（『サーンキャカーリカー』ガウダパーダ注釈書英訳からの和訳：文責管理人）<br />
<br />
各グナの性質を表すキーワードは以下の通りです。<br />
<br />
サットヴァ…善・輝き・照明・正直・親切・上品・謙譲・誠実・忍耐・慈悲・賢<br />
ラジャス……熱情・活動・嫌悪・暴力・嫉妬・虐待・悪・刺激<br />
タマス………闇・停止・緩慢・恐怖・不誠実・不正直・貪欲・無関心・冷淡・無知<br />
<br />
また、トリグナそれぞれにはその特性を表す色があります。<br />
<br />
サットヴァ＝白<br />
ラジャス＝赤<br />
タマス＝黒<br />
<br />
3つのグナに関しては、『バガヴァッド・ギーター』第14章で<br />
これらが身体において、個我を束縛すると説明しています。]]></content></entry><entry><title>６つのヴェーダ補助学</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=860605" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=860605</id><issued>2008-05-27T00:22:32+09:00</issued><modified>2008-05-26T15:22:32Z</modified><created>2008-05-26T15:22:32Z</created><summary>１．音声学（シクシャー）
２．祭事学（カルパ）
３．文法学（ヴィヤーカラナ）
４．語源学（ニルクタ）
５．韻律学（チャンダス）
６．天文学（ジョーティシャ）

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各ヴェーダを理解し、実践する...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>６）　シャシュ　xax</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[１．音声学（シクシャー）<br />
２．祭事学（カルパ）<br />
３．文法学（ヴィヤーカラナ）<br />
４．語源学（ニルクタ）<br />
５．韻律学（チャンダス）<br />
６．天文学（ジョーティシャ）<br />
<br />
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<br />
各ヴェーダを理解し、実践するためには<br />
それを学ぶ準備としての学問が必要となります。<br />
<br />
それは「ヴェーダ補助学」とよばれ、６つの種類があります。<br />
サンスクリットの原語では「ヴェーダアンガ」といいます。<br />
「アンガ」とは「枝」や「支」などの意味ですが<br />
つまり太い幹から枝分かれした部分をイメージしていただければ<br />
わかりやすいかと思います。<br />
人間の手足のことを四肢といいますが、この肢のこともアンガです。<br />
太い幹（胴体）から枝のように手足が出ています。<br />
<br />
このように、中心となるヴェーダという知識から<br />
枝のように分かれている学問なので、ヴェーダアンガといいます。<br />
<br />
音声学と訳される「シクシャー」は、ヴェーダを正しい発音を教えるもので、<br />
「チャンダス」では、ヴェーダの讃歌の詩節の韻律を規定しています。<br />
１つの詩節の中に長い音と短い音が、それぞれどこにいくつ入るか<br />
といった配列が決められています。<br />
その決まりに基づいて語が配置され、詩節が作られています。<br />
<br />
「ヴィヤーカラナ」は、ヴェーダ語の文法です。<br />
<br />
現在一般に知られているサンスクリット語は、古典サンスクリット(クラシカルサンスクリット)といいます。<br />
これは、紀元前４世紀ごろ(と考えられている)のパーニニという文法家が体系化した文法です。<br />
それ以前のサンスクリット語をヴェーディックサンスクリットと呼び、<br />
古典サンスクリットとは区別されています。<br />
<br />
「ニルクタ」は主に『リグヴェーダ』に出てくる語彙を分類解説しています。<br />
<br />
「カルパ」は祭事学と訳されていますが、様々な祭式や儀礼、<br />
社会的規範などを定めたものです。<br />
その中には、<br />
部族や宇宙に関する祭式を規定した『シュラウタスートラ』、<br />
家庭における儀礼に関する『グリヒャスートラ』、<br />
家長の義務や社会規範を示した『ダルマスートラ』、<br />
祭壇を築くために必要な知識が書かれた『シュルヴァスートラ』があります。<br />
<br />
そして、「ジョーティシャ」と呼ばれる天文学があります。<br />
これは天文学でもあり、占星術でもあります。<br />
もともとは、祭式に適した日時や方角を割り出すのに使われていたようですが、<br />
誕生時の星の配置により、その人の運命を読み解いたり、<br />
その時々の星の配置から社会に起こる出来事を予言するようになったようです。<br />
]]></content></entry><entry><title>ヴェーダの４つの部分</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=854189" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=854189</id><issued>2008-05-22T01:39:06+09:00</issued><modified>2008-05-21T16:43:23Z</modified><created>2008-05-21T16:39:06Z</created><summary>１.「サンヒター」
２.「ブラーフマナ」
３.「アーラニヤカ」
４.「ウパニシャッド」

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ヴェーダには４種類があることは前回ご説明いたしました。
これらの各ヴェーダは、さらに４つの部分から構成...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>４）　チャトゥル（チャトル）　catur</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[１.「サンヒター」<br />
２.「ブラーフマナ」<br />
３.「アーラニヤカ」<br />
４.「ウパニシャッド」<br />
<br />
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<br />
ヴェーダには４種類があることは前回ご説明いたしました。<br />
これらの各ヴェーダは、さらに４つの部分から構成されています。<br />
<br />
「サンヒター」は、本集（ほんじゅう）と訳され、讃歌・歌詞・祭詞・呪詞が集録されています。<br />
これらは「マントラ」と呼ばれています。<br />
各ヴェーダ文献の中核となる部分です。<br />
<br />
「ブラーフマナ」は、祭儀書とも訳されます。<br />
「サンヒター」のマントラや祭式に関する規定を説明する散文です。<br />
またそれらの由来となる神話や伝説も含み、神学的な説明が加えられています。<br />
<br />
「アーラニヤカ」は、森林書と訳されます。<br />
森林や荒地といった人里はなれた場所で<br />
師から弟子へと伝えられる秘儀が収録されています。<br />
祭式の説明だけでなく、次のウパニシャッドに引き継がれる哲学的な問題も含まれます。<br />
<br />
「ウパニシャッド」は、別名「ヴェーダーンタ」といいます。<br />
ヴェーダの終わりという意味で、ヴェーダ文献の一番最終部分です。<br />
ウパニシャッドでは、宇宙原理ブラフマンと自己アートマンの一致である<br />
「梵我一如」や、「五火二道説」で知られる輪廻思想、実在を論ずる「有」の哲学、<br />
睡眠についての考察、死後の存在についてなど、<br />
ヴェーダの知識のうち、より人間主体の哲学思想が中心となっています。<br />
<br />
広義に「ヴェーダ」という時には、これら４つの部分が含まれ、<br />
狭義の場合は、「サンヒター」を指します。]]></content></entry><entry><title>４種のヴェーダ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=851410" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=851410</id><issued>2008-05-19T23:52:40+09:00</issued><modified>2008-05-21T16:43:59Z</modified><created>2008-05-19T14:52:40Z</created><summary>１．『リグヴェーダ』
２．『サーマヴェーダ』
３．『ヤジュルヴェーダ』
４．『アタルヴァヴェーダ』

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インド最古の文献として『ヴェーダ』文献があります。
『ヴェーダ』とはサンスクリット語の...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>４）　チャトゥル（チャトル）　catur</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[１．『リグヴェーダ』<br />
２．『サーマヴェーダ』<br />
３．『ヤジュルヴェーダ』<br />
４．『アタルヴァヴェーダ』<br />
<br />
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<br />
インド最古の文献として『ヴェーダ』文献があります。<br />
『ヴェーダ』とはサンスクリット語の動詞語根√vid-（知る）からの派生語で<br />
「知識」を意味します。<br />
ありとあらゆる知識を内包する「知識の書」です。<br />
<br />
また、インドの伝承によれば『ヴェーダ』は神によってもたらされた知識である<br />
と言われています。<br />
これは「シュルティ」（聞かれたもの、の意味）、訳して「天啓聖典」と呼ばれています。<br />
<br />
『リグヴェーダ』は、「リチュ」(讃歌)のヴェーダです。<br />
神々を讃える讃歌の集成で、祭祀において神々を招来します。<br />
この場合の神々とは、主に自然現象や抽象概念などを神格化したものです。<br />
ホートリ祭官に属します。（ホートリ＝供物を捧げる人）<br />
<br />
『サーマヴェーダ』は、讃歌の詠唱法のヴェーダです。<br />
主に『リグヴェーダ』の讃歌を詠唱する時の韻律を規定しています。<br />
ヤジュニャ（祭祀）において、ウドガートリ祭官によって詠唱されます。<br />
（ウドゥガートリ＝（サーマヴェーダを）歌う人）<br />
<br />
『ヤジュルヴェーダ』<br />
「ヤジュス」（祭詞）のヴェーダ、つまり祭祀におけるマントラの集成です。<br />
祭祀の実務を司るアドヴァリュ祭官に属しています。<br />
アドヴァリュ祭官は、地面を測量し、祭壇を築き、火を熾し、供物を捧げるのが務めです。<br />
その間、ヤジュルヴェーダのマントラを繰り返し唱えなければなりません。<br />
このため、ヤジュルヴェーダのマントラそのものが「アドヴァリュ」と呼ばれています。<br />
<br />
本来は、以上の３つがヴェーダでしたが、後に次の『アタルヴァヴェーダ』が加えられ<br />
４つのヴェーダとなりました。<br />
<br />
『アタルヴァヴェーダ』<br />
このヴェーダは、他の３つとは性格が異なり、現世利益を願う呪詞の集成です。<br />
ヴェーダに加わる以前は「アタルヴァ・アンギラス」と呼ばれていました。<br />
「アタルヴァン」は幸福の増加、「アンギラス」とは呪詛のことで、<br />
主に病気や災厄を取り除くための呪術的儀礼で唱えられます。<br />
祭式すべてをとりまとめる、ブラフマン祭官に属しています。<br />
<br />
このように、ヴェーダには４種類があるのですが、<br />
各ヴェーダ文献は、さらに４つの部分から構成されています。<br />
]]></content></entry><entry><title>はじめに</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://numbers.tenjiku.net/?eid=850173" /><id>http://numbers.tenjiku.net/?eid=850173</id><issued>2008-05-19T03:06:20+09:00</issued><modified>2008-05-19T14:45:44Z</modified><created>2008-05-18T18:06:20Z</created><summary>インド人は数学に強い。
このことは、昨今のＩＴ産業の躍進によって世界的に知られています。
その理由として、最初にゼロを発見した民族の子孫であるからだ、
などとも言われています。
ゼロはインドの古典語であるサンスクリット語で「シューンニャ」といい、
これ...</summary><author><name>tenjikuhathi</name></author><dc:subject>はじめに</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[インド人は数学に強い。<br />
このことは、昨今のＩＴ産業の躍進によって世界的に知られています。<br />
その理由として、最初にゼロを発見した民族の子孫であるからだ、<br />
などとも言われています。<br />
ゼロはインドの古典語であるサンスクリット語で「シューンニャ」といい、<br />
これが漢訳されたものが仏教でいう「空」なのだそうです。<br />
<br />
しかし、これだけでなく昔からインドでは数字というものが哲学、<br />
社会規範、信仰においても重要な意味を持ってきました。<br />
<br />
インド思想史を学ぶ際に、まず一番初めに登場するのが「ヴェーダ」です。<br />
「ヴェーダ」とは「知識」という意味で、<br />
広義の「ヴェーダ」には、神々への讃歌、祭式の方法などの他にも、<br />
文法学、語源学、音声学、韻律学、祭事学、天文学<br />
さらには、道徳規則や建築学、医学、薬学など幅広い知識が含まれます。<br />
<br />
特に、天文学はインド占星術として現在でも活用されていますが、<br />
太陽や月・惑星・恒星の配置や運行を知るために細かい計算が必要とされています。<br />
また、祭壇を築いたり、都市計画などに関しては建築学が用いられ、<br />
正確な測量の知識が必要とされました。<br />
<br />
さらに時代が下ると、哲学的な思索が登場してきます。<br />
それは、「ウパニシャッド」と呼ばれる哲学書において、<br />
宇宙と個人との関係、死後について、魂について、自己についてなど<br />
形而上的な主題が考察の対象となっています。<br />
<br />
これらの「知識」は非常に難解で、限られた一部の人のものでした。<br />
そこで登場してくるのが、『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』のような<br />
叙事詩や、「古い伝承」という意味のプラーナ文献、<br />
『パンチャタントラ』や『ヒトーパデーシャ』のような説話集です。<br />
これらは、物語化したり、動物を擬人化して寓話にしたりすることで、<br />
ヴェーダの知識をもっと親しみやすくし、<br />
一般の人々に対して易しく説明しています。<br />
<br />
そして、これらの中には、<br />
数にまつわる概念が多いことに気がつきました。<br />
４つのヴェーダ、３つのグナ、五大要素、三大神、人生の四住期、<br />
神の１０の化身などなど。<br />
<br />
また、「六派哲学」の一学派である「サーンキャ学派」の「サーンキャ」とは<br />
「数える」という意味で、中国では「数論」と漢訳されています。<br />
根本聖典である「サーンキャ・カーリカー」ではいろいろな物を「数え」ています。<br />
<br />
このように、インドでは何千年も前から数に親しんできたと共に<br />
数に対して非常に意識的であり、数なくして、インドを語ることはできないのです。<br />
<br />
そんな数にまつわるトピックを挙げて、<br />
簡単な説明を加えてみようと思いました。<br />
<br />
なお、サンスクリット語の表記は特別なフォントがないと表示されないなど、<br />
ネットで公開するにあたっては、制限があります。<br />
専門的なサイトでは、この表記についていろいろな方式をとっているようですが<br />
このブログではそこまで厳密な表記は意図しておりません。<br />
したがって、基本的にはカタカナで表記しております。<br />
ただ、カタカナでサンスクリット語を正確に表記することは不可能ですので<br />
その点につきましては、あらかじめご了承くださいますようお願いいたします。<br />
<br />
このブログの記事は管理人の単なる趣味につき<br />
内容に関して、理解が不十分な点、誤った記述などがあるかもしれません。<br />
何かお気づきのこと、ご意見、ご感想などございましたら<br />
コメントなどでご指摘いただければ幸いです。]]></content></entry></feed>